ある休日の午後、買い物に行こうとマンションの駐輪場へ下りると、違う階の住人に会った。
なんだか妙に深刻そうな顔をしていたので、「大丈夫ですか?」と訊ねた。すると…。
その声掛けが、私の意に反して堰を崩壊させてしまったようだ。彼女は唐突に自身について語り始めた。挨拶程度の、ごく浅い関係の私に。
「どうして私が…?」
何度も何度も彼女はその問いかけを口にした。泣いたり、怒ったり、激しく表情を変えながら。
20代の頃に発症した持病が、時々悪化しては彼女を苦しめるのだそうだ。そんな病気を抱えていると、周りの元気な人が羨ましくて、自分が可哀想で、そんな風に考える自分がまた嫌になって…。
「どうして私が…?」
堂々巡りの末、結局またそこに戻ってきてしまうのだという。
私は、聴くに徹していた。最後まで思う存分吐き出させてあげたかった。よく知らない私に、こんなに赤裸々になれるなんて。余程煮詰まっていたのだろう。
時間にして20分程度だっただろうか。全て話し終えた彼女の目には、もう涙も怒りも浮かんではいなかった。
実は、病気のことは家族以外誰にも話していない。同情されるのは悔しいから。だから、誰にも言わないで欲しい。
彼女は、最後に私にそう念を押すと、「ありがとう」と小さく手を振りながらエントランスへ向かって行った。
自転車を漕ぎ出しながら、少し心配になる。後で、私に話してしまったことを後悔しないといいのだけれど…。
それにしても、なぜ私に話したのか?
「同情されるのは悔しいから。」
答えはその言葉にあるのだろう。近しい人間同士には、お互いに複雑な感情が入り混じることもある。
特別親しいわけじゃない。でも、知ってはいる。そんな関係だからこそ、素直に話せることもある。
次に会った時には、いつものように軽い挨拶を交わそうと思った。何も知らないでいた、さっきまでの私に戻って。
