先日、電車で祇園四条まで出掛けた。地上に出て、橋を渡り、高島屋前の横断歩道を小走りで渡っていると、ふいに後ろから声を掛けられた。
「すみません!これ落としましたよ!」
「ありがとうございます!」
差し出されたハンカチを受け取りながら、二人一緒に渡りきる。改めてお礼を言おうとしたそのとき、遠慮がちに彼女は切り出した。
「あの…鞄のチャック開いてますよ。何か他に大事なもの落としてないですか?」
「えっ…!?」
慌ててリュックを胸の前に引き寄せる。チャックは大胆に開き、長財布がむき出しになっていた。血の気が引きそうになりながら、急いで荷物を確認する。奇跡的に落としたのはハンカチだけだったようだ。
「大丈夫みたいです!ありがとうございました!」
頭を下げながら私は思い返していた。駅でリュックからお茶のボトルを出して飲んだ。あのときだ。でも…駅からここまでの道は、人でごった返していた。誰の目にも止まらないなんてこと、あるのだろうか…?
閉め忘れた自分が悪い。わかってるけど…。目の前を行き過ぎる人々の波がなんだか寒々しく映る。ああ、だからこそ。
「良かった、良かった。」と微笑む目の前の女性。この人は私が何も落としていなくても声をかけてくれたに違いない。
聞けば、信号の向こう側でお連れさんが待っているという。逆方向なのにわざわざ追いかけてきてくれたのか…。
信号が変わる。照れくさそうに手を振りながら、軽やかに渡っていく彼女。見送りながら、私も大きく手を振る。
凍っていた人込みの街が、凍りかけていた私の心が、解けるように溶けていくのを感じた。
あの人は風。緑色した融解の風。
きっとこの世界が凍らずに済んでいるのは、街に時折そんな風が吹いてくれているからなんだ。
